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| 機関誌「四国三郎吉野川」17号を読んで、寄せられた感想や、吉野川の思い出をご紹介します。
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●県外から来ましたので吉野川で遊んだ思い出はありませんが、夕方の景色など、いつも心がいやされます。恩恵をこうむっていることを徳島の方はあまり感じておられないのでは?と思います。20年近く暮らして断水になったことはありません。ありがたいことです。(徳島県鳴門市 世羅紘子さん)
◆そうかもしれません・・・。反省しきり。 きれいな水が不自由なく飲めることが、徳島の人間にとっては当たり前になっているのかも知れません。水道の水をそのままおいしく飲める、というのが他県の人からは「信じられない。うらやましい」と言われたこともあります。きれいな水を供給してくれる吉野川、そのありがたさを再認識して、保全につとめたいと思います。
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●今年は映画『眉山』でも吉野川が映りましたが、皆の心の故郷を全国の方々に知っていただけるのが嬉しく思います。制作の方々もお体に気をつけてがんばってください。(徳島県徳島市 高瀬さちこさん)
◆映画、そして舞台も大成功だったようですね。『バルトの楽園』につづいて、徳島を全国に紹介できてよかったです。眉山を訪れる方も去年からずいぶん増えているそうです。
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●吉野川を通じて、いろいろな文化活動を行っている事が十分理解でき、感動しました。農村舞台とは素晴らしいです。 今年の夏、初めて徳島県に家族4人で観光に参りました。となりの高知に住んでいながら、吉野川のまわりにこんな伝統文化が残っていたり、それらを地元の方たちが団結して支えている努力などに、吉野川のスケールの大きさを感じました。イベントには参加しませんでしたが、エメラルドグリーンのどっしりとした四国三郎に歴史を感じました。是非次回は川くだりもしたいです。ちなみに、あすたむらんどの「吉野川くだり」はしました。楽しかったです。(高知県高知市 弘瀬真弓さん)
◆徳島の人もあまり知らないことですが、実は徳島は農村舞台の王国だったのです。舞台、そして地域にたくさんの人形座も残っています。近年では、各地で農村舞台の公演も行われていますので(秋が多いようです)チャンスがあれば、ぜひご観覧ください。そして、ぜひラフティングも!
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●限界集落で思っています。我々山の人間は何をすべきなのか?微力な私共がやれるのは「品質の治山治水」かなと考えます。きれいにして「この水だれが飲むのかなあ?・・でも腹が減ったなあ・・・」。 不安な地域住民として大変ありがとうございました。(三好郡東みよし町 細川努さん)
◆法市農村舞台の取材ではお世話になりました。地域の人が、まず自分たちの地域に愛着と誇りを持つことが、地域を元気にする原動力だと思います。そういうことを、取材を通じて感じました。LEDを掲げた農村舞台、とてもユニークですね。
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●本誌を入手致しましたのが10月下旬でしたので、残念ながらイベントには参加不可能でしたので、来年はこのような素晴らしい伝統芸能を拝見致したく、本誌に紹介されている舞台等に出来る限り通ってみたいと思っております。来年の早い時期に入手致したいと思います。(愛媛県土佐清水市 武藤司さん)
◆本誌でご紹介の農村舞台は、修復以前も公演を行っていました。法市農村舞台は秋祭りの頃に行うそうです。山の斜面に、鎮守の森に囲まれて立つ、とても風情のある舞台です。ぜひ来年は足をお運びください。
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●見出しが英字で、戦時英語を学ばなかった80歳以上の者には読みづらい。「小野さくら野舞台」の創建は1951年とは意外? 発行日はいつか知りませんがイベントは既に終了しているものが多かったのが残念。年何回いつ発行予定が予告を望む。吉野川河口で潮干狩りした時代の再来を自然保護でできないものか?(徳島県徳島市 福島計一さん)
◆県内では戦後しばらくまで農村舞台が、地域の集会所や公民館、ホールなどの役割をになって、使われていたようです。特に神山は人形芝居が人々の娯楽としてさかんだったようです。 本誌は、年3回発行が基本です。夏から秋は吉野川流域でたくさんのイベントが開かれるので、たくさん参加していただきたく、案内をのせています。スパンが長いので、手に入れる時期によってはイベントが終わってたりするかもしれません。申し訳有りません。
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●近くに住んでいた頃、季節によって変わる吉野川を見るのがとても好きでした。この徳島に生まれたことをありがたく思いました。(板野郡板野町 藤井幸子さん)
◆吉野川沿岸にお住まいだったのですね。毎日のように眺めていると、川は日々違った顔を見せてくれますね。吉野川は表情豊かな川です。
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●数年前、奥祖谷の山の中でキャンプをしました。(ちょうど阿波踊りの時期で、次の日は街中に出かける予定でした)8月13日の夜、ペルセウス座流星群をい〜っぱい見ました。あの流れ星の夜のことを一生忘れません。(京都府京都市 原田久美子さん)
◆すてきな思い出ですね。夜になると街のあかりも騒音もない奥祖谷だと、それこそ満天の星空だったでしょう。そこに降り注ぐ流星群・・・すばらしいめぐりあわせでしたね。
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●(25号を読んで)吉野川の上流から下流にかけての歴史がよくわかりました。現在は現物で目にすることが出来るが、過去は写真とか老人の思い出を出して、その歴史を知ることで思いも深くなりますね。(徳島県板野郡 小桜茂さん)
◆「橋をかける」という行為は、先人たちの悲願であったから、なおさらですね。吉野川の昔の貴重なエピソードを知る方も、年々少なくなってきています。できるだけ機関誌などでご紹介していければと思っています。
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●私は吉野川で小魚、めだかみたいな魚を網ですくったことがありました。ものすごくきれいな水だったからですね。いつまでも美しくきれいな吉野川を保ってほしいナ。(徳島県徳島市 中山みかさん)
◆いい思い出ですね。メダカみたいな魚・・・オイカワでしょうか? 吉野川にはたくさんの魚がいますね。「さかな博士の吉野川魚図鑑」をのぞいてみてください。オイカワも紹介されてますよ。
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●劇場について詳しく載っていて、とても丁寧な作りと思いました。 近くに住んでいた頃、季節によっての吉野川を見るのがとても好きでした。この徳島に生まれたことをありがたく思いました。(徳島県板野郡 藤井幸子さん)
◆国民文化祭では、機関誌で紹介した神山や法市、それから徳島城公園など多くの場所で公演が行われました。ご覧になれましたか? 県外からかえってきた人が、一番に「ああ、かえってきたなあ」と感じるのは、空港から市内へ向けて吉野川橋をわたる時、前に広がる吉野川と眉山の景色だそうです。
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●吉野川河口付近での想い出は、橋の下を水上飛行機が着水している、その付近にポンポン巡航船が吉野川を横切って水門の中へ消えて、新町橋へ向かっていく、そんな光景です。(徳島県徳島市 管沼国彦さん)
◆古い写真で見たことがあります。渡し船、水上飛行機、砂利採取舟など、川が交通の手段であり、多くの人でにぎわっていた頃がしのばれます。
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